《ぶすい》な客から、芸者になったのはよくよくの訳があってのことやろ、全体お前の父親は……と訊《き》かれると、父親は博奕打《ばくちう》ちでとか、欺されて田畑をとられたためだとか、哀れっぽく持ちかけるなど、まさか土地柄《とちがら》、気性柄蝶子には出来なかったが、といって、私《わて》を芸者にしてくれんようなそんな薄情《はくじょう》な親テあるもんかと泣きこんで、あわや勘当《かんどう》さわぎだったとはさすがに本当のことも言えなんだ。「私のお父つぁんは旦《だん》さんみたいにええ男前や」と外《そ》らしたりして悪趣味《あくしゅみ》極まったが、それが愛嬌《あいきょう》になった。――蝶子は声自慢《こえじまん》で、どんなお座敷《ざしき》でも思い切り声を張り上げて咽喉《のど》や額に筋を立て、襖紙《ふすまがみ》がふるえるという浅ましい唄《うた》い方をし、陽気な座敷には無くてかなわぬ妓《こ》であったから、はっさい(お転婆《てんば》)で売っていたのだ。――それでも、たった一人《ひとり》、馴染《なじ》みの安化粧品問屋《やすけしょうひんどんや》の息子《むすこ》には何もかも本当のことを言った。
 維康柳吉《これやすりゅう
前へ 次へ
全71ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング