んは……?」ええ奥さんを持ってはると褒められるのを、ひと事のように聴き流して、柳吉は渋《しぶ》い顔であった。むしろ、むっつりして、これで遊べば滅茶苦茶に羽目を外す男だとは見えなかった。
 割合熱心に習ったので、四、五日すると柳吉は西瓜を切る要領など覚えた。種吉はちょうど氏神の祭で例年通りお渡りの人足に雇われたのを機会《しお》に、手を引いた。帰りしな、林檎《りんご》はよくよくふきんで拭《ふ》いて艶《つや》を出すこと、水密桃《すいみつとう》には手を触れぬこと、果物は埃《ほこり》をきらうゆえ始終|掃塵《はたき》をかけることなど念押して行った。その通りに心掛けていたのだが、どういうものか足が早くて水密桃など瞬く間に腐敗《ふはい》した。店へ飾《かざ》っておけぬから、辛い気持で捨てた。毎日、捨てる分が多かった。といって品物を減らすと店が貧相になるので、そうも行かず、巧く捌《は》けないと焦《あせ》りが出た。儲も多いが損も勘定にいれねばならず、果物屋も容易な商売ではないと、だんだん分った。

 柳吉にそろそろ元気がなくなって来たので、蝶子はもう飽いたのかと心配した。がその心配より先に柳吉は病気になった
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