の旨柳吉に言うと、柳吉は即座《そくざ》に同意した。
「この店譲ります」と貼出《はりだ》ししたまま、陰気臭くずっと店を閉めたきりだった。柳吉は浄瑠璃の稽古に通い出した。貯《たくわ》えの金も次第に薄くなって行くのに、一向に店の買手がつかなかった。蝶子の肚はそろそろ、三度目のヤトナを考えていた。ある日、二階の窓から表の人通りを眺めていると、それが皆客に見えて、商売をしていないことがいかにも惜《お》しかった。向い側の五六軒先にある果物屋が、赤や黄や緑の色が咲《さ》きこぼれていて、活気を見せた。客の出入りも多かった。果物屋はええ商売やとふと思うと、もういても立ってもいられず、柳吉が浄瑠璃の稽古から帰って来ると、早速「果物屋《あかもんや》をやれへんか」柳吉は乗気にならなかった。いよいよ食うに困れば、梅田へ行って無心すれば良しと考えていたのだ。
ある日、どうやら梅田へ出掛けたらしかった。帰って来ての話に、無心したところ妹の聟が出て応待したが、話の分らぬ頑固者の上にけちんぼと来ていて、結局|鐚《びた》一文も出さなかったとしきりに興奮した。そして「果物屋をやろうやないか」顔はにがりきっていた。
関
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