で、思い切り上等の昆布を五分四角ぐらいの大きさに細切りして山椒の実と一緒に鍋《なべ》にいれ、亀甲万《きっこうまん》の濃口《こいくち》醤油をふんだんに使って、松炭《まつずみ》のとろ火でとろとろ二昼夜煮つめると、戎橋《えびすばし》の「おぐらや」で売っている山椒昆布と同じ位のうまさになると柳吉は言い、退屈《たいくつ》しのぎに昨日《きのう》からそれに掛り出していたのだ。火種を切らさぬことと、時々かきまわしてやることが大切で、そのため今日は一歩も外へ出ず、だからいつもはきまって使うはずの日に一円の小遣《こづか》いに少しも手をつけていなかった。蝶子の姿を見ると柳吉は「どや、ええ按配《あんばい》に煮えて来よったやろ」長い竹箸《たけばし》で鍋の中を掻《か》き廻しながら言うた。そんな柳吉に蝶子はひそかにそこはかとなき恋《こい》しさを感じるのだが、癖で甘ったるい気分は外に出せず、着物の裾《すそ》をひらいた長襦袢の膝でぺたりと坐るなり「なんや、まだたいてるのんか、えらい暇《ひま》かかって何してるのや」こんな口を利いた。
 柳吉は二十歳の蝶子のことを「おばはん」と呼ぶようになった。「おばはん小遣い足らんぜ」そして三円ぐらい手に握《にぎ》ると、昼間は将棋《しょうぎ》などして時間をつぶし、夜は二《ふた》ツ井戸《いど》の「お兄《にい》ちゃん」という安カフェへ出掛けて、女給の手にさわり、「僕《ぼく》と共鳴せえへんか」そんな調子だったから、お辰はあれでは蝶子が可哀想《かわいそう》やと種吉に言い言いしたが、種吉は「坊《ぼ》ん坊んやから当り前のこっちゃ」別に柳吉を非難もしなかった。どころか、「女房や子供捨てて二階ずまいせんならん言うのも、言や言うもんの、蝶子が悪いさかいや」とかえって同情した。そんな父親を蝶子は柳吉のために嬉《うれ》しく、苦労の仕甲斐《しがい》あると思った。「私のお父つぁん、ええところあるやろ」と思ってくれたのかくれないのか、「うん」と柳吉は気のない返事で、何を考えているのか分からぬ顔をしていた。

 その年も暮に近づいた。押しつまって何となく慌《あわただ》しい気持のするある日、正月の紋附《もんつき》などを取りに行くと言って、柳吉は梅田《うめだ》新道《しんみち》の家へ出掛けて行った。蝶子は水を浴びた気持がしたが、行くなという言葉がなぜか口に出なかった。その夜、宴会の口が掛って来たので、い
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