こで女中に雇われ、自分は馴々しく人に物いえる腕を頼りにそこの客引きになることに話合いしたその日から法被着て桟橋に立つと、船から降りて来た若い二個《ふたり》連れの女の方へわざと凭れかかるように寄りそうて、鞄をとり、ひっそりした離れで、はばかりも近うございます、錠前つきの家族風呂もございますと連れこんで、チップもいれて三円の儲になった。金を貯めて、小鈴とやがて産れる子供と三人で地道に暮すつもりやと北田はいい、そして、高峰、お前も温泉場の料理屋へ板場にはいり、給金を貯めて、せめて海岸通りに焼鳥屋の屋台を張る位の甲斐性者になれと意見してくれた。
 その夜は北田が身銭を切って、自分の宿へ泊めてくれることになった。食事の時小鈴が給仕してくれたが、かつて北田に小鈴に肩入れしているとて世話してやろかと冷やかされたことも忘れてしまい、オイチョさんと夫婦にならはったそうでお目出度うとお世辞をいった。
 あくる日、北田は流川通の都亭という小料理屋へ世話してくれた。都亭の主人から、大阪の会席料理屋で修行し、浅草の寿司屋にも暫くいたそうだが、うちは御覧の通り腰掛け店で会席など改った料理はやらず、今のところ季節柄
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