汽車賃にしろと十円呉れた。押しいただき、出世したらきっと御恩がえしは致しますと、例によって涙を流し、きっとした顔に覚悟の色も見せて、そして、大阪行きの汽車に乗った。
 夕方、梅田の駅につきその足で「リリアン」へ行った。女給の顔触れも変っていて、小鈴は居なかった。一人だけ顔馴染みの女が小鈴は別府へ駈落ちしたといった。相手は表具屋の息子で、それ、あんたも知ってるやろ、昆布茶一杯でねばって、その代りチップは三円も呉れてた人や。気がつけば、自分も今は昆布茶一杯注文しているだけだ。一本だけと酒をとり、果物もおごってやって、オイチョカブの北田のことを訊くと、こともあろうに北田は小鈴の後を追うて別府へ行ったらしい。勘定を払って外へ出ると、もう二十銭しかなかった。夜の町をうろうろ歩きまわり、戎橋の梅ヶ枝できつねうどんをたべ、バットを買うと、一銭余った。夜が更けると、もう冬近い風が身に沁みて、鼻が痛んだ。暖いところを求めて難波の駅から地下鉄の方へ降りて行き、南海高島屋地階の鉄扉の前にうずくまっていたが、やがてごろりと横になり、いつのまにか寝込んでしまった。
 朝、生国魂神社の鳥居のかげで暫く突っ立ってい
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