は酷評に対してはただ作品を以て答えるだけだ。僕は自分の文学にうぬぼれているわけではないが、しかし、「世相」や婦人画報の「夜の構図」などの作品が、もし僕以外の作家によって書かれたとしたら、誰も「悪どい」という一語では片づけなかっただろう。むろんこれらの作品は低俗かも知れない。しかし、すくなくと反俗であり、そして、よしんば邪道とはいえ、新しい小説のスタイルを作りあげようという僕の意図は、うぬぼれでなしに、読みとれる筈だ。しかし、僕はこのようなスタイルが黙殺されたことを、悲しまない。僕はさらに新しいスタイルをつくるために努力し、そして、この努力は彼等を納得せしめるまで続けるつもりだ。しかし、僕は何も彼等を納得させるためにのみ書くのではない。

 この国には宗教はない。だから、大文学が生れぬという説はもはや異論の余地がない。が、宗教の勢力の盛んだった中世ヨーロッパにどれだけの大文学があったか。むしろ宗教との対決、作家が神の地位を奪おうとした時に、大文学が生れた。と、こんなことを言っても、何にもならない。ただ、僕はこの国に宗教のないことを、文学のためにそんなに悲しまないが、宗教との対決にまで行く
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