。川の水も濁《にご》っている。
ともかく、陰気だ。ひとつには、この橋を年中日に何度となく渡らねばならぬことが、さように感じさせるのだろう。橋の近くにある倉庫会社に勤めていて、朝夕の出退時間はむろん、仕事が外交ゆえ、何度も会社と訪問先の間を往復する。その都度せかせかとこの橋を渡らねばならなかった。近頃《ちかごろ》は、弓形になった橋の傾斜《けいしゃ》が苦痛でならない。疲《つか》れているのだ。一つ会社に十何年間かこつこつと勤め、しかも地位があがらず、依然《いぜん》として平社員のままでいる人にあり勝ちな疲労《ひろう》がしばしばだった。橋の上を通る男女や荷馬車を、浮《う》かぬ顔して見ているのだ。
近くに倉庫の多いせいか、実によく荷馬車が通る。たいていは馬の肢《あし》が折れるかと思うくらい、重い荷を積んでいるのだが、傾斜があるゆえ、馬にはこの橋が鬼門《きもん》なのだ。鞭《むち》でたたかれながら弾《はず》みをつけて渡り切ろうとしても、中程に来ると、轍《わだち》が空まわりする。馬はずるずる後退しそうになる。石畳《いしだたみ》の上に爪立《つまだ》てた蹄《ひづめ》のうらがきらりと光って、口の泡《あわ》
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