ありのままを描くだけですが、ジャン・ポール・サルトルのこの「水いらず」という小説は人間の可能性を描いております。しかも、サルトルの提唱しているエグジスタンシアリスム[#「エグジスタンシアリスム」は底本では「エグスジタンシアリスム」]――つまり実存主義は、戦後の混乱と不安の中にあるフランスの一つの思想的必然であります。このような文学こそ、新しい近代小説への道に努力せんとしている僕らのジェネレーションを刺戟するもので、よしんば僕らがもっている日本的な文学教養は志賀さんや秋声の文学の方をサルトルよりも気品高しとするにせよ、僕はやはりサルトルをみなさんにすすめたい。
 そして、僕は近代小説は結局日本の伝統小説からは生まれないという考えの下に、よしんば二流三流五流に終るとも、猫でも杓子でもない独自の小説を書いて行きたいと、日夜考えておりますので、エロだとかマルクスだとか、眼を向いてキョロキョロしている暇はないのであります。以上「エロチシズムと文学について」という課題で僕は言いたい山ほどの中で、一番いいたいことです。



底本:「定本織田作之助全集 第八巻」文泉堂出版
   1976(昭和51)
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