理由をきいた。病気したからだと私は答えたが、満更嘘を言ったわけではない。私は学校にいた時呼吸器を悪くして三月許り休学していたことがある。徴兵官は私の返答をきくとそりゃ惜しいことをしたなと言い、そしてジロリと私の頭髪を見て、この頃そういう髪の型が流行しているらしいが、流行を追うのは知識人らしくないと言った。私はいやこんな頭など少しも流行していませんよ、むしろ流行おくれだと思いますと答えた。徴兵官はそれきり黙ってしまったが、やがて下を向いたまま、丙種と呟いた。はッ、帰っても構いませんか。帰ってよろしい。検査場を出ると、私は半日振りの煙草を吸いながら、案外物分りのいい徴兵官だなと思った。
 その後私は何人かの軍人に会うたが、この徴兵官のような物分りのいい軍人には一人も出会わなかった。むしろ私の会うた軍人は一人の例外もないと言っていいくらい物分りが悪く、時としてその物分りの悪さは私を憤死せしめる程であった。
 もっともこれは時代のせいかも知れなかった。私が徴兵検査を受けた時は、まだ事変が起っていなかったのである。
 学校をよしていつまでもぶらぶらしているのもいかがなものだったから、私は就職しよ
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