う。
眼をさましたのは、彼の自尊心と情熱だ。いや、彼にとっては、自尊心と情熱とは同じものを意味する。自尊心だけが彼の情熱をうみ出すのである。
そして、この情熱は今陽子に集中されているのだ。
彼が陽子の父の中瀬古鉱三に陽子をくれといったのは、最初鉱三を訪問した時に陽子が章三に見せた高慢な表情のせいだった。陽子の眉はひそめられたのだ。好悪感情のはっきりしている陽子は、章三のような男のタイプには好感が持てなかった。章三の全身にみなぎっている自尊心が、元来自尊心の強い陽子を反撥したのであろう。爪楊枝職人の息子は、侮辱されたと、誇張して考えた。そして、この考えが直ちに陽子へのだしぬけの求婚に移るところに、章三の面目がある。即ち、章三にとって求婚とは陽子を侮辱する最も効果的な手段であり、鉱三に対する軽蔑も少しはあった。もともと、章三は鉱三の如き政治家を、少しも尊敬していなかった。尊敬していないから、金を出したのだ。
ところが、陽子は章三との結婚をきらって家出した。
章三の自尊心は完全に傷つけられた。この爪楊枝けずりの息子は、爪楊枝の先ほどの情熱も感じていなかった陽子に、はじめて情熱を動か
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