ければ入会できないのよ。アベック、素敵じゃないの。おほほ……」
場ちがいのけたたましい笑いだった。
「アベックか。ふん」
鼻の先で笑って、
「アベックは旅に限るよ。旅は道連れ、一夜は情けか」
京吉は軽薄に言って、さア行こうと娘の手を取ると、
「――見よ、東海の朝帰り!」
口ずさみながら、出て行った。
東京へ
一
隣の部屋の話声で眼がさめた。枕元の時計を見ると、もう十時であった。
しかし、章三にとってはまだ[#「まだ」に傍点]十時だ。
章三はいつもは四時間ぐらいしか眠らぬ男だが、日曜日だけは夕方近くまでぐっすり眠ることにしている。寝だめをして置くのだ。田村という所は丁度それに都合よく出来ている。だいいち、貴子という女の体には、一種ふしぎな体温と体臭があり、エーテルのように章三を眠らせる作用を持っているのだ。ぐっすり眠ってしまう。忙しい章三にとっては、土曜日以外に会ってはならない女であり、日曜日の寝だめには重宝な女である。
だから十時に眼がさめたのは、めずらしい方なのだ。しかし、眠りをさまたげたのは、隣の部屋の話声ではない。とすれば、一体何であろ
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