されては……と、とめようとしたが、木崎は無我夢中でシャッターを切ると、ソワソワと階段を降り、何か憑かれたような大股でホールを横切って、姿を消してしまった。
あっという間もなかった。陽子もマネージャーも木崎を呼びとめる間もなかった。
いや、あっという間といえば、すべては一瞬の出来事だった。
その証拠に、茉莉の体がやがてボーイたちの手で事務室のソファの上へ、運び移された時は、まだクンパルシータの一曲は済んでいなかった。
五
クンパルシータの曲が終ると、ひとびとははじめて踊りを思い出し、ホールの騒ぎも冷淡に収まって行った。
マネージャーはすかさず、タンゴバンドをスウィングバンドに取り替えた。熱演のタンゴバンドには十分満足していたが、ホールの気分を変えるためだった。
そして、茉莉の体を気づかって、事務室までついて来たダンサー達を、
「ホールだ、ホールだ。お客様が待ってる、何をボヤボヤしてるんだ。踊った、踊った」
と、ホールへ追いやった。
「でも、せめてお医者様が……」
来るまで、陽子は茉莉の傍についていたかった。茉莉とは一番親しかったのだ。が、
「大丈夫。心配は
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