いらん。茉莉は事務所の者が見ている」
と、言われると、もはや陽子はマネージャーの言葉にはさからえなかった。
「京ちゃん、君も行って、踊ったらどうかね」
「おれか。冗談言うねえ」
と、京吉は茉莉の蝋ざめた顔を見ながら、マネージャーに言った。
「――病人と踊れるもんか。――といって、ほかのダンサーとじゃ、茉莉にわるいや。今夜はおれ、茉莉に借り切られてるんだから」
その言葉を、陽子は背中で聴くと、
「……? 茉莉があんたを……?」
と、振り向いて、京吉の傍へ添って行こうとしたが、しかし、事務室では詳しい話は聴けない。それに、マネージャーの眼がせき立てている。
陽子は眼まぜで誘って、京吉を事務所の外へ連れ出すと、
「茉莉があんたを借り切るって、一体何のこと……?」
と、京吉の長い睫毛の横顔を覗きこんだ。
「昨日の昼間、おれ京極で、ひょっくり茉莉と会ったんだよ。茉莉ベソをかいてやがったから、だらしがねえぞ、ゴムまりが泣くぞ。こう言ってやると、奴さん、いきなりおれの手を掴んで、――おれ、照れたよ。京極の真中だろう……?」
「ふーン。で……?」
「京ちゃん、明日あたいと踊ってくれ、明日だ
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