けは誰とも踊らずに、一晩中あたい一人と踊ってくれ――と言うんだ。じゃ、踊ってやらア。その代り、明日、おれ茉莉ン家《ち》で泊めてくれるかい。――うん、泊めてあげるッてんで、借り切られたんだよ」
「あんた、茉莉が好きなの……?」
「好きでもきらいでもないよ。好きな女は一人だけいるが、口がくさっても言えない」
 京吉はふと赧くなった。陽子も耳を赧くして、
「じゃ、どうして茉莉の所で泊るの……?」
「だって、今日――つまり昨日の明日の今日は土曜日だろう。おれは土曜の晩は泊る所がねえんだよ」
「あらッ、どうして……? 土曜日の晩……」
 茉莉のことを訊こうとしているうちに、いつか京吉のことを訊いている自分の好奇心を、陽子はわれながら、はしたないと思った。

      六

「土曜日の晩は、ママの旦那が来るんだよ。だから……」
 京吉はまるで他人事のような口調で答えた。
「ママ……って、あんたの……お母さん……?」
 と、陽子がきいた。京吉は急に笑い出した。
 玄関のボーイが振り向いた。
 その視線を感じて、陽子ははじめて、立ち話の長さに気がつき、
「ハバハバ行きましょう」
 と、小声で誘って、
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