とホールの中へ朱の色を突き出して、まるで歌舞伎の舞台のようであった。
そんな階段の真中に、役者のように立っているのは、いい加減照れそうなものだのに、木崎は照れもせず、カメラを覗いていた。
「あ、また……」
うつされるのかと、陽子は思わず顔をそむけたが、しかし、レンズの焦点は倒れている茉莉の体へ向けられていた。
ホールの真中でダンサーが倒れたところで、きのうきょうの世相がうみ出している数々の生々しい事件にくらべれば、大した異色があるわけではない。が、「ホール風景」というグラフの取材としてねらえば、めったに出くわせる構図ではない――という職業意識に燃えて、木崎はあわててカメラにしがみついていたのだった。
一つには、そんな場面をうつすことで、無意識のうちに、なぜか自虐的な、そして反撥的な快感があった。が、その理由は木崎自身にもよく判らない。
いつもは事務室にいる十番館のマネージャーは、たまたまその夜新しく雇い入れたバンドの演奏ぶりを見ようとして、ホールの中へ来ていたので、階段の木崎を見た途端、木崎が何をうつそうとするのか、すぐ判った。
「あ、困りますよ。こんなところを……」
うつ
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