かし、この妾は旦那の大阪や蘆屋が焼けてしまうと、にわかに若がえって、無気力な古障子を張り替え、日本一の美人になってしまった。そして大阪や蘆屋の本妻は亭主の昔の妾を相手に、商売しなければならなくなったのだ。
背に腹は代えられぬ情なさだが、しかし「セントルイス」は女の経営にしては、万事大まかに穴があいて、ちゃっかりした抜け目のなさが感じられぬのは、さすがに本妻の気品で、他の京都人経営の喫茶店を嗤っているところもあり、
「おれ京都がいやになったよ」
と、京吉が言いに行くには、ふさわしい店でもあった。
金文字のはいった扉を押すと、十球の全波受信機がキャッチしたサンフランシスコの放送音楽が、弦楽器の見事なアンサンブルを繊細な一本の曲線に流して、京吉の足は途端に、リズミカルに動き出した。が、
「京ちゃん、今電話掛ったわよ」
「誰から……?」
「陽子さん!」
ときくと、はっと停った。
六
「なアんだ」
陽子から掛って来たのかと、わざと興冷めていたが、さすが甘い胸さわぎはあった。
「京ちゃんのリーベ……? マダム、それともメッチェン……? マイ、ダアーリングね」
バーテン台
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