いずれにしても、時と場合でぐるぐる変る京吉の心の動きは、昨日まであれほど魅力的だった京都の町々を、途端にいやらしく感じてしまった。
焼けなかったと思って、威張ってやがらア。なんだ、こんな京都! 京都なんて隠退蔵物資みたいなもンだ。けちけちと食べずに残して置いたおかげで、値が上ったようなもんだ。もとは三文の値打しかなかったんだ。
逃げ出そうと、京吉は娘の手を握ったが、しかし、足は自然に河原町通りを東へはいったごたごたした横丁の「セントルイス」という喫茶店へ向いたとは、一体どうしたことであろう。
「セントルイス」は京吉の巣であり、一日中入りびたっていることもある。京都をおさらばする前に寄って行こうと思ったのは、やはり京都への未練だろうか。
しかし「セントルイス」は京都にありながら、京都ではなかった。この店の経営者は蘆屋のマダム連中で、かつては阪神間のブルジョワの有閑夫人を代表していた蘆屋のマダム連中も、洋裁教授の看板を出したり、喫茶店の共同経営を思いついたりしなければならぬくらい、恥も外聞も忘れた苦しい新円生活に追い込まれていたのであろう。
京都は大阪や蘆屋の妾だといわれていた。し
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