た。女と関係しながら、恋だけはもっと素晴しい女とするんだと夢を抱いて来たのだ。そして、陽子となら恋が出来そうな気がした。いや、もう恋になっているかも知れない。すくなくとも恋心めいたなつかしさは感じていた。だから、ほかのダンサーとは踊っても、陽子とは踊ろうとしなかったのだ。抱いて踊るには、陽子は京吉にとって余りに処女であった。どんな女にも生理的に抵抗できない自分の踊りの技巧の中へ、陽子だけはひきずり込みたくなかったのだ。
「誘拐するにも、おれ金がねえや」
 むろん娘にもない……と苦笑すると、娘は、
「あたいお金持ってる。あたい今日インフレやねン」

      五

 京吉はケラケラと笑った。
 いくら持っているか知らないが、どうせ靴を磨いて稼いだ金のたかは知れている。それを、あたい今日インフレやねンという娘の言い方は、昨夜からの京吉の憂鬱を瞬間吹き飛ばして、京吉も噴き出しながら放浪の思いつきがもう一種の快感だった。
 陽子への面あてが咄嗟に放浪を思いつかせる――この衝動的な破れかぶれは、ませてはいても二十三歳という歳のせいか、それとも教養のなさか、身についた野性の浅はかな動きだろうか。
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