の中にいる夏子は、舌を噛みそうな外国語を、ガラガラした声で言って、不器用な手つきで京吉の肩をぶった。そして京吉の連れて来た娘が、白い眼をキッと向けたのも気づかず、いきなりけたたましい笑い声を立てた。
声も大きいが、身振りも大げさで、何か身につかぬ笑い方だった。藍色の上布を渋く着ているが、頭には真紅の派手なターバンを巻いている――そのチグハグさに似ていた。
しかし、夏子はこのターバンを思い切って巻くようになってから、急にうきうきした気分になったのだ。そんな自分が不思議でならなかった。
夏子の夫は歯科医で、大阪の戎橋附近の小さなビルの一室を診療所に借りて、毎日蘆屋から通っていた。夏子は歯科医などを莫迦にして嫁いだのだが、歯科医のボロさは夏子を蘆屋のプチブルの有閑マダムの仲間へ入れてくれた。
しかし、夏子はもともと引っ込み思案で、応召した夫が戦死したのちも、六つになる男の子と昔かたぎの姑と、出戻りの小姑と一緒に暮すつつましい未亡人ぶりが似合う女であった。ガラガラしたしわがれた声や、人一倍大きく突き出した鼻も、案外彼女のさびしい貞淑さを裏切っていなかった。
代診を雇ってやらせていた医
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