ロンのある女の虚栄のあわれさであった。――時計は型が風変りだったのだ。
「拝見!」
時間や分秒のほかに、日付や七曜が出て来るその時計を、覗こうとすると、
「見にくいでしょう」
貴子はにじり寄って、ぐっと体を近づけて来た。
「たしかに、見にくいですな」
相槌を打ちながら、見にくいという言葉に「醜い」の意味を、春隆は含ませていた。
二
いきなり貴子から媚態を見せつけられて、さすがに春隆は辟易していた。
このような場合、でれりとやに下るには、春隆は若すぎた。女にかけては凄い方だったが、四十男のいやらしさも冷酷さも、まだ皮膚にはしみついていず、一応はうぶに見えていたから、なるべく自分でもうぶに見せていた。
いわば、首ったけ侯爵などと綽名されるような、純情な甘さの中に、女たらしの押しの強さをかくしていたのだ。――大して利口ではなかったが、馬鹿ではなかった証拠である。
しかし、その純情らしさの外面を、仮面にすぎないと言い切ってしまっては、酷であろう。計算はしていたが、しかし全くの計算ずくめではない。やはり、うぶらしく自然に照れていた。十代のように照れていた。しかし、十
前へ
次へ
全221ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング