ロンのある女の虚栄のあわれさであった。――時計は型が風変りだったのだ。
「拝見!」
 時間や分秒のほかに、日付や七曜が出て来るその時計を、覗こうとすると、
「見にくいでしょう」
 貴子はにじり寄って、ぐっと体を近づけて来た。
「たしかに、見にくいですな」
 相槌を打ちながら、見にくいという言葉に「醜い」の意味を、春隆は含ませていた。

      二

 いきなり貴子から媚態を見せつけられて、さすがに春隆は辟易していた。
 このような場合、でれりとやに下るには、春隆は若すぎた。女にかけては凄い方だったが、四十男のいやらしさも冷酷さも、まだ皮膚にはしみついていず、一応はうぶに見えていたから、なるべく自分でもうぶに見せていた。
 いわば、首ったけ侯爵などと綽名されるような、純情な甘さの中に、女たらしの押しの強さをかくしていたのだ。――大して利口ではなかったが、馬鹿ではなかった証拠である。
 しかし、その純情らしさの外面を、仮面にすぎないと言い切ってしまっては、酷であろう。計算はしていたが、しかし全くの計算ずくめではない。やはり、うぶらしく自然に照れていた。十代のように照れていた。しかし、十
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