でひとり……?」
うんと、不興気にうなずくと、娘はいきなり、
「ほな、うちも泊めて。――いや……?」
と、木崎の顔を覗き込んだ。汗くさい髪の毛がにおいと一緒に、木崎の鼻にふれた。
三
「いやだ!」
「そんなこと言わんと、泊めて!」
「…………」
「うち、帰るとこあれへんねン」
「どうしてだ……?」
「うち、家出してん」
「ふーん、なぜそんな莫迦なことをしたんだ」
「…………」
「帰るところはなくっても、泊るところはあるだろう。宿屋で泊ればいい」
「うち、泊るお金あれへん」
そこは藪の中で、蚊が多く、立ち話しているうちに、木崎は神経がいらいらして来たので、いきなり十円札を三枚つかみ出すと、
「じゃ、これをやるから宿屋で泊れ!」
娘の手に渡して、やっぱりただの夜の花だったのか――と、且つはがっかりし、且つはサバサバして、あとも見ずに清閑荘の玄関へはいって行った。
二階の階段を上って掛りの六畳が、木崎の部屋だった。六畳の中二畳ばかり、黒いカーテンで仕切ってこしらえた現像用の暗室へ、カメラを置いて、蚊やり線香に火をつけていると、ドアを敲く音がした。あけると、さっきの娘
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