ことだけはたしかだった。自尊心のためには、人殺しすらやりかねない男だったのだ。
殺すつもりはなかったにしても、そんな結果になってもいいと思っているような突き方だったではないか。
しかし、あっという声を残して落ちて行ったその男を見た途端、さすがに章三ははっと思って、
「おれは到頭人殺しをしてしまった!」
という想いに蓋をするように、殆んど本能的に、デッキのドアを閉めたのだった。
「おれがこの汽車に乗ったことは、ただでは済むまい」
と予感していたのは、実はこれだったのか。自分を取り巻くかずかずの偶然の重なりに、章三は挑戦して、サイコロを投げた。その返答がこれだったのか。
いわば人殺しという大きな偶然を、自分の宿命的な必然にするために、章三は最初の小さな偶然の襟首をつかんで、自分にひき寄せたといえよう。しかし、更に章三を襲った偶然は、その時その殺人行為を目撃していた者が一人いたということだ。
目撃者がいなければ、デッキから落ちた男は、自分の過失で落ちたものとされて、章三の罪は永久に闇に葬られてしまうだろう。だから、その時、あわてて閉めたドアの窓ガラスに、若い女の顔がうつったことほ
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