けられて、我慢するくらいだったら、死んだ方がましだ」
というのが章三の信条であり、野心のためにどんな辛いことも我慢するが、自尊心を傷つけられることだけは我慢できず、野心は勿論自分をすっかり投げ出してもいいと思っていたのだ。いわば章三の情熱は野心以上に自尊心の振幅によって動くのだった。
だから、前後の見境もなく、汽車の中でいきなり貴子を殴ろうとしたのだが、しかし、章三の自尊心はそんな向う見ずを彼に許して置くほど、けちくさい自尊心ではなかったから、二三歩行きかけて、急に立ち停った。
「あの女をいまここで殴れば、おれの自尊心は二重に傷つくのだ」
章三は傷ついたままズキズキと膿み出している自尊心のはけ口のない膿を、持て余したまま、踵をかえすと、三等車との間のドアをあけて、デッキへ出た。そして、デッキのドアをあけて、吹きこむ雨風に打たれて、頭をひやそうとすると、
「ばか野郎!」
デッキにうずくまっていた男が、どなった。
「……? ……」
「雨がはいるじゃねえか。間抜けめ!」
「…………」
章三は血相を変えた。
「閉めろ!」
「…………」
「閉めろといったら閉めろ! つんぼか……?」
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