出し、それでもう肚がきまった。
「――おれ、のくよ。坂野さん代ってくれよ」
ねえ、その方がいいだろう――と、銀ちゃんの顔を見ると、
「…………」
銀ちゃんはうなっていた。
京吉と坂野が知合いだったことを、銀ちゃんは知らなかったのだ。だから、
「亭主がアコーディオン弾きだから、すぐ腹がふくれやがる」
云々と、女のことで口をすべらせたのだが、思えば、うかつに言ったものだ。パイを捨てる手拍子につれて、ひょいとすべった言葉だが、どだい[#「どだい」に傍点]おれは弁士時代から口が軽いと来てやがる。
銀ちゃんは毛虫を噛んだような顔で、しお垂れていた。
その顔をちらと見た途端、京吉もはじめて、坂野が知らぬ間に銀ちゃんに細君を寝取られていたというホットニュースを想い出して、
「うえッ! こいつアひでえキャッキャッになりやがった」
と、坂野を残して行く皮肉さを、ひそかに砂利のように噛んでいたが、しかし、この場の空気をにやにや見ているほど、京吉はいかもの食いではなかった。
「逃げるにしかず!」
と、起ち上ろうとすると、坂野は、
「いいよ、京ちゃんやんな! せっかくヒロポン打ったんじゃないか
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