。あたしア高見の見物だ」
と、とめた。
いや、その高みの見物になりたくないから逃げるのだと、京吉はそわそわして、
「おれ、セントルイスへ取りに行くものがあるんだよ」
「じゃ、おれ行って来てやるよ。どうせ女房を探して……」
町という町からア、丘という丘を、あちらをも、こちらをも、探すは上海リル……という唄の文句を、自嘲的に口ずさみかけた途端、
「あッ!」
と銀ちゃんが声を上げた。が、だれも気づかなかった。まして、坂野の細君がセントルイスで待っていることを、知る由もない。
「え、へ、へ……。なアんて、うまいこといって、この使いめったにひとにやらせてなるものか」
これ取りに行くんだからねえと、親指と人差指で丸をつくって見せると、あッという間に祇園荘を飛び出して行った。
「おい、京ちゃん、京ちゃん!」
グッドモーニングの銀ちゃんは、なに思ったか急に起ち上って、京吉を呼びとめた。
九
「なンや、銀ちゃん……」
あわてふためいて……と、京吉は入口まで戻って来た。もっと傍へ来い……と、銀ちゃんは眼まぜで引き寄せると、京吉の肩に手を掛けて、
「さっきの話……」
坂野には
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