…?」
「うん」
「兄ちゃん、あたいなんぜ、こんなところから電話掛けてるか、判る……?」
 何かいそいそと弾んだ声だった。
「えっ……?」
 と考えたが、咄嗟には判らなかった。
「――おれ判るもんか。なぜ、セントルイスへ行ったんだい」
「判れへん……? ほんまに判れへんのン、兄ちゃん」
 じれったそうだった。
「判るもんか。なぜだ。言ってみろ!」
「…………」
 しかし、返辞はなかった。
「まかれてしまったのか」
 と、京吉は何気なく声をひそめた。娘に、あの男――スリを尾行しろと、ただそれだけ言ったのである。尾行して、それからどうしろ――と、注意を与える暇はなかった。だから、財布は戻るとは当てにしていなかった。ただ、わざわざスリを見つけながら、ほって置くのも癪だ――そんな軽い気持で尾行させただけである。娘がスリにまかれてしまったところで、べつに悲観もしない。ところが、
「ううん」
 まかれなかったわよ――という意味の声が、鬼の首を取った威張り方で聴えて来た。
「ほう……? 大したキャッキャッだね」
 と、京吉は思わず微笑して、
「――どこまで、つけたんだ……?」
「ここで言えないわよ。
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