多勢いるから判らないんでしょう。えーと、あの人じゃないの。えーと、陽子さん! あれからまた掛って来たのよ。もう京都にいないって言ったら、絶望的だったわよ。おほほ……」
「…………」
「あんた、まだ京都にいたのね」
「はい、恥かしながら、パイパンで苦労してます」
「パイパン……? 何よ、それ。――京都にいるなら、リベラル・クラブへ一緒に行ってよ。今晩五時、発会式よ」
「どうぞ、御自由に」
「あら。一人じゃ行けないわ。会員は同伴、アベックに限るのよ。素晴らしいじゃないの」
「そんな不自由なリベラル・クラブよしちゃえよ!」
電話を切ろうとすると、
「あ、ちょっと、ちょっと、用事まだ言ってないわよ」
「何だ……?」
「おほほ……」
「ハバア、ハバア!」
「せかさないでよ。今、代りますから。あたしはただお取次ぎよ」
おほほ……と、笑い声が消えると、誰かが代って電話口の前に立ったらしく、息使いが聴えた。
六
誰だろう――と、声を待っていると、
「兄ちゃん……?」
なつかしそうに、しかし、おずおずと受話器を伝わって来た声は、思いがけず、靴磨きの娘だった。
「――あたい、判る…
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