――セントルイスならおれだ」
と、パイを伏せて腰をうかせかけたが、急にそわそわして、
「――いや、留守だといってくれ」
と、いつもの銀ちゃんに似合わぬ落ち着きのなさは、何としたことであろう。しかし、
「京ちゃん、あんたに……」
掛って来たのであった。銀ちゃんはほっとしたように、尻を落ちつけた。
「おれに……?」
と、京吉は長い睫毛を、音のするようにぱちりと上げて、
「――今日はおれいやに電話に縁のある日と来てやがらア」
パイを伏せて、わざと片手をズボンのポケットに入れながら、立って行った。
「京ちゃん……? あたし、判る……? おほほ……」
笑い声で、セントルイスの夏子だと判った。
「何でえ……? 電話ばっかし掛けやがって、株屋の番頭みてえに一日中電話を聴かされてたまりやせんワ」
「あら。お門違いよ。あたしは封切よ。誰かさんと誤解してるんじゃない。おほほほ……。認識不足だわ」
どうも言っている言葉がいちいち場違いにチグハグだったが、それよりも、受話器を通すと、ガラガラした声が一層なまなましく乾いて、あわれな肉感味を帯びているのが、たまらなかった。
「誰かさンて、誰だ」
「
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