ぐれに過ぎなかったのだが、一たんパイのスリルの中にはいってしまうと、もう、それだけが京吉の青春であり、何ごとも忘れて熱中出来たのだ。
東京行きの旅費が稼げるかどうかというようなことはもう問題ではなかった。何点すってしまうか、あとのイーチャンで取り戻せるかどうか、もし負ければ、無一文の自分には賭金が払えないが、どうすればいいだろうか――など、そんなことは、念頭にはなかった。
「五万か八万をツモってみせる!」
これだけしか考えていなかった。
「流しちゃえよ。キャッキャッとね」
と、投げキッスの泰助が言った。
「いや、おれツモるよ。ツモれや紫、食いつきゃ紅よ。色できたえたこのキャッキャッだ」
京吉はそうふざけながら、しかし、表情だけはさすがに固く、パイを取って来ると、くそッと力を入れてその表を撫ぜた。
三
京吉はパイをツモる時に、気合を掛けるようなことはめったにしなかった。が、ここぞという一枚にだけは「くそッ!」と、声に出した。そして、そんな時は、もうどんなパイも思いのままのパイに変えてみせるという魔術使いのようなインスピレーションに憑かれており、狙いはめったに外れ
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