なかった。自信がなければ、気合は掛けなかったのだ。追い込んで、抜く自信がある時だけ、ゴール直前で使う名騎手の鞭のような気合であった。
「くそッ! 五万!」しかし、五万でも八万でもなかった。
「なんだ、紅中(ホンチュン)か!」紅中ならカンになっており、リンシャンカイホウ(同じパイが四枚の時、もう一度ツモってそれで上る上り方)のチャンスがある。
 一同ははっと固唾を呑んだ。グッドモーニングの銀ちゃんは、煙草の火のついた方を口の中に入れて、火を消してしまった。弁士上りのグッドモーニングの銀ちゃんは、ひとの二倍は唇が分厚かった。
 京吉はもう黙って、手の汗を拭くと、すっと手を伸ばして、リンシャンパイを掴んで、ギリギリと掻くようにパイの表を撫ぜた。見なくとも、触感だけで判る。五万だった。京吉はがっかりしたように、パイを倒した。
「おれ知らねえよ。満貫だよ。五八(ウーパー)のトイトイだ。ウーファンだ。満貫だろう。意味ないよ。キャッキャッだ。怒るなよ。おれ辛いよ。感じ悪いだろう。おれのせいじゃないよ。怒るなよ」
 とりとめもないことを、ひとりペラペラ喋っていると、ふと孤独の想いがあった。
「ひでえキ
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