ンして、泰助に向って、
「チュッ!」
 と、キッスを投げた。
 その時倶楽部の会計で金を払っている若い男の革の財布が、京吉の眼にはいった。
 その財布に見覚えがある!
「あッ!」
 おれの財布だと、京吉が起ち上ろうとした途端、グッドモーニングの銀ちゃんが紅中(ホンチュン)を捨てた。
「ポン!」
 京吉は威勢よく声を掛けて、
「――これは貰わずに置くものか」
 パイを拾いながら、もう財布どころでなかったが、急に隅の方のソファに坐っていた靴磨きの娘を呼んで、何ごとか囁いた。

      二

「オー・ケー」
 娘は弾んだ声でうなずくと、いそいそとその男のうしろから祇園荘を出て行った。
「おや、邦子さん、消えちゃったね」
 グッドモーニングの銀ちゃんが言った。
「いえ、なに、ちょっと、そこまで煙草を買いに……。え、へ、へ……」
「御機嫌だね」
「絶対ですワ」
 北北(ペーペー)と紅中(ホンチュン)をポンして、四(スー)のファンのテンパイになった京吉は、もう掏摸どころではなかったのだ。
 何も娘にいいつけて、尾行させたりしなくても、一言「掏摸だ!」と騒ぎ立てれば、もうそれでよかったのだが、し
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