かし、それが何であるかは、陽子には判らない。
「侮辱なんか僕はした覚えはない」
木崎はぽつりといった。
「――あなたは勘違いしているんだ」
「じゃ、どうしてあんなことをおっしゃるんです」
「…………」
「あなたは、なぜダンサーという職業を軽蔑されますの……?」
「軽蔑はしていない。しかし、もし軽蔑しているように聴えたとしたら、それは……」
僕があなたを好いているためだ――といいかけた時、天井から蜘蛛がするすると陽子の頭の方へ降りて来た。
木崎はいきなり手を伸ばして、蜘蛛を払おうとした。
陽子はぎくっと身を引いた。
「蜘蛛です」
木崎はひきつったように笑い、もう、陽子を好きだということは思い止った。
女たらしになってやろうか――などという心にもない思いつきは、女を軽蔑する最も簡単な方法だったが、しかし、そんな思いつきの中にも、陽子だけは、たらしたくないという気持はあったのだ。
そんな木崎の気持は、陽子にすぐ通じたのか、もう陽子の声も安心したように落ちついて、
「木崎さん、わたくしの願いをきいていただけます……?」
「ききましょう」
木崎はもう素直な声だった。それがどんな願
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