かし、それが何であるかは、陽子には判らない。
「侮辱なんか僕はした覚えはない」
 木崎はぽつりといった。
「――あなたは勘違いしているんだ」
「じゃ、どうしてあんなことをおっしゃるんです」
「…………」
「あなたは、なぜダンサーという職業を軽蔑されますの……?」
「軽蔑はしていない。しかし、もし軽蔑しているように聴えたとしたら、それは……」
 僕があなたを好いているためだ――といいかけた時、天井から蜘蛛がするすると陽子の頭の方へ降りて来た。
 木崎はいきなり手を伸ばして、蜘蛛を払おうとした。
 陽子はぎくっと身を引いた。
「蜘蛛です」
 木崎はひきつったように笑い、もう、陽子を好きだということは思い止った。
 女たらしになってやろうか――などという心にもない思いつきは、女を軽蔑する最も簡単な方法だったが、しかし、そんな思いつきの中にも、陽子だけは、たらしたくないという気持はあったのだ。
 そんな木崎の気持は、陽子にすぐ通じたのか、もう陽子の声も安心したように落ちついて、
「木崎さん、わたくしの願いをきいていただけます……?」
「ききましょう」
 木崎はもう素直な声だった。それがどんな願
前へ 次へ
全221ページ中131ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング