ふと想い出していると、煙草は孤独のにおいがした。
しかし、配給の「ひかり」はすぐ火が消えた。木崎はごろりと仰のけに転って、天井をながめた。
天井には蜘蛛が巣をつくっていた。
「女たらしになってやろうか」
何の連想か判らない。が、だしぬけに泛んだこの考えに、木崎はどきんとした。
その時、いきなりドアがあいた。木崎ははっと起き上った。ドアをあけたのは陽子だった。
陽子は真青な顔で突っ立っていた。肩がふるえていた。
そして、そのふるえが、身体全体に移ったかと思った途端、陽子はいきなり木崎の前へぺたりと坐った。
七
「木崎サン!」
陽子ははじめて木崎の名を口にして、
「――あなたはなぜ、わたくしを侮辱……」
しなければならないのか――という、あとの声はふるえて出なかった。
そんなに昂奮している状態が、陽子はわれながら情なかった。
「げすッ!」
と、いって一旦飛び出したのにおめおめと戻って来るなんて、自尊心が許さなかったが、しかし、やはり戻って来たのは、ただ、チマ子のことづけがあるためだけだろうか。
何か得体の知れぬものが陽子を引き戻したのではなかろうか。し
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