……?」
「ありがとう」
 わざわざ送っていただいて――と、陽子が車を降りながら言ったその言葉は、パーティーへ招待されたことへの感謝の「ありがとう」にもとれて、それで約束出来たのも同然だった。
 そよ風の吹く松林の道を、自動車は風のように下って行った。
 赤いネッカチーフを巻いた頭がふり向いて、秋の日射しの中に振られている血色のよい手が見えなくなるまで、陽子も手を振っていたが、おずおずとした振り方しか陽子は出来なかった。ちょうど陽子の立っている所は、清閑荘の建物に太陽の光線がさえぎられて、日かげになっていたが、陽子の心もふと翳っていた。
 陽子は十番館へはいる時、姓はかくしたが、名前は本名をそのまま使ったくらい、自分の持っているものの中で、陽子という名が一番好きだった。明るく陽気に、太陽の光の下で生きるという人間本然の憧れを、自分の名は象徴しているのだと、思っていた。が、今、自動車に乗っているアメリカの女性たちの屈託のない明るさを見ると、明るいとか陽気にとか、太陽の光の下で――などという形容詞が、うかつに使えぬような気がして、ふと思えば、自分もまた、この陰欝な清閑荘の建物にふさわしい人
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