を出した。
「――はいってもいい……?」
「あ、京ちゃんか」
 それで、はいれと言ったのも同じだった。
「はいりますよ。うっかり、あけられんからね、この部屋」
 京吉はドアを一寸あけて、首だけのそっと入れると、
「――おや、お客さん……?」
 と、言いながら、はいって来た。そして、木崎に向って、ピョコンと頭を下げた。木崎はおや見たような顔だなと思いながら、挨拶をかえした。
「人ぎきの悪いことを言うなよ。――第一覗かれなくっても、もう手遅れでさアね」
 逃げちゃったよと、坂野はケラケラと笑ったが、さすがに虚ろな響きだった。
「へえーん」
「京ちゃん、どう思う。女房のやつ男が出来たと、あたしゃ思うんだが、どうかね。おたくの観察は……」
「そりゃ、てっきりですよ」
 京吉は香車で歩を払うように、簡単に言った。
「――女って、だらしがねえからな。いつ逃げたんだ。昨夜……? ふーん、そうだろうと思った。土曜日だからね」
 土曜の夜は女のみだれる晩だという、藪から棒の京吉の意見の底には、古綿を千切って捨てるような、苛立たしいわびしさがあった。
「そうか。おたくもそう思うか」
 坂野はいきなり京吉と
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