とホールの中へ朱の色を突き出して、まるで歌舞伎の舞台のようであった。
そんな階段の真中に、役者のように立っているのは、いい加減照れそうなものだのに、木崎は照れもせず、カメラを覗いていた。
「あ、また……」
うつされるのかと、陽子は思わず顔をそむけたが、しかし、レンズの焦点は倒れている茉莉の体へ向けられていた。
ホールの真中でダンサーが倒れたところで、きのうきょうの世相がうみ出している数々の生々しい事件にくらべれば、大した異色があるわけではない。が、「ホール風景」というグラフの取材としてねらえば、めったに出くわせる構図ではない――という職業意識に燃えて、木崎はあわててカメラにしがみついていたのだった。
一つには、そんな場面をうつすことで、無意識のうちに、なぜか自虐的な、そして反撥的な快感があった。が、その理由は木崎自身にもよく判らない。
いつもは事務室にいる十番館のマネージャーは、たまたまその夜新しく雇い入れたバンドの演奏ぶりを見ようとして、ホールの中へ来ていたので、階段の木崎を見た途端、木崎が何をうつそうとするのか、すぐ判った。
「あ、困りますよ。こんなところを……」
うつされては……と、とめようとしたが、木崎は無我夢中でシャッターを切ると、ソワソワと階段を降り、何か憑かれたような大股でホールを横切って、姿を消してしまった。
あっという間もなかった。陽子もマネージャーも木崎を呼びとめる間もなかった。
いや、あっという間といえば、すべては一瞬の出来事だった。
その証拠に、茉莉の体がやがてボーイたちの手で事務室のソファの上へ、運び移された時は、まだクンパルシータの一曲は済んでいなかった。
五
クンパルシータの曲が終ると、ひとびとははじめて踊りを思い出し、ホールの騒ぎも冷淡に収まって行った。
マネージャーはすかさず、タンゴバンドをスウィングバンドに取り替えた。熱演のタンゴバンドには十分満足していたが、ホールの気分を変えるためだった。
そして、茉莉の体を気づかって、事務室までついて来たダンサー達を、
「ホールだ、ホールだ。お客様が待ってる、何をボヤボヤしてるんだ。踊った、踊った」
と、ホールへ追いやった。
「でも、せめてお医者様が……」
来るまで、陽子は茉莉の傍についていたかった。茉莉とは一番親しかったのだ。が、
「大丈夫。心配は
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