くらい、一見無邪気な可愛いい顔立ちで、ほっそりと痩せた横顔の青白さは、まるで胸を病む少女のようにいじらしく、ふと女たちにはやるせなかった。が、美しい眉に翳るニヒルな表情や、睫毛の長い眼のまわりの頽廃的な黝ぐろい隈や、キッと結んだ唇の端にちらと泛ぶ皮肉な皺は、何かヒヤリとした苦味のアクセントを、京吉の顔に冷たく走らせて、ふと三十男のようであった。
ハンサムという言葉では、当らない。いわば、女たちをうっとりさせると同時に、ぞっとした寒気を感じさせる美貌だ。
だから、みんな京吉と踊りたがった。
「チケットを倍にして返すから、あたしと踊ってよ。ねえ、京ちゃん、明日来て、あたしと踊ってよ」
と、頼む女もあった。京吉となら、チケットを貰うのが済まないというのであろう。
その京吉と、茉莉は今夜踊っていたのだ。
――と、陽子は思い出して、
「どうしたの、一体……」
と、せきこんで、たずねた。
「う……?」
京吉はちらと陽子の顔を見た。
「あんた、茉莉と……」
踊ってたんでしょう――と、あとは眼できいたが、京吉は答えず、不機嫌な唇を結んで、キョトンとした眼で、茉莉を見下ろしていた。
繋ぎ提灯の、ピンク、ブルウ、レモンエローの灯りが、ホールの中を染めていた。
が、茉莉の顔はその色に染まりながら、いや、そのために一層、みるみる蝋色の不気味さに変って行くのが、判るようだった。
苦しそうだ……。
四
口からふき出している泡の間から、だらんと垂れた舌の先が見え、――茉莉はかすかに唸っていた。
バンドは間抜けた調子で、誰も踊っていないホールへ相変らずクンパルシータの曲を送っていたので、茉莉のうめき声は、ともすればその音に消されたが、苦しそうにうめいていることだけは、さすがに風のように陽子の耳には判った。
「あ、いけない!」
茉莉のうめき声は、いのちの最後の苦しみを絞り出しているのかもしれない――といういやな予感に、陽子はどきんとして、
「――お医者を……」
呼びに早くボーイを……と、あわてて振り向いた途端、木崎の姿が眼にはいった。
木崎は相変らず階段の真中に突っ立っていた。
十番館ははじめ進駐軍専用のキャバレエとしてつくられたので、シャンデリア代りに祇園趣味の繋ぎ提灯をつり、階段は御殿風に朱塗りだった。
ことに正面の階段は、幅がだだっ広く、ぐっ
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