、グッドモーニングの銀ちゃんの肩へより掛らせながら、ひょこひょこ歩いていた。
「阿呆ぬかせ。今夜は夜通し飲むんだ」
 銀ちゃんも情ない足取りだったが、
「――夜が明けて、グッドモーニングと挨拶かわし、盞かわしてグッドバイ……ってとこまで飲むんだ」
 都々逸の調子を張り上げながら、執拗に坂野をはなさなかった。
 祇園荘で二(リャン)チャン打つと、坂野が三千点ほど負けで、千点二百円だったから、六百円坂野が払おうとすると、銀ちゃんは受取らず、じゃその金で飲もうということになって、あちこち飲みまわって夜が更けたのだが、なお、なけなしの金をたたいてずるずると梯子酒を続けようというのは、飲み足らぬというよりは、むしろアパートへ帰るのがいやだったからだ。アパートへ帰れば、芳子がいるかも知れない。昼間セントルイスでは約束をすっぽかしたが、もう亭主の所を飛び出して来た芳子には自分の所しか行く所がない。すっぽかされてみれば一層アパートへ行って、根気よく自分の帰りを待っているだろう。
 そう思えば、やはり自分が手をつけた女だけにふびんだったが、これからの芳子の身の振り方、おなかの子の始末、女の愚痴、涙、すすり泣き……、泣くなと引き寄せて一応可愛がってやれば、女というものはからだにごまかされてしまう……とはいうものの、芳子のからだは香水でも消せぬいや[#「いや」に傍点]な臭い[#「臭い」に傍点]がそんな時漂って……。
「かわいそうだが、あれを思うとたまらねえや」
 それにげんに一緒に飲み歩いている亭主の坂野に別れた足で、芳子のいるアパートへ帰れるものか。おめえの女房貰ったぜともいえず、といって、おめえの女房とこんなことになったんだと白状も出来ず、しかし、知らぬ顔も出来ず、何かしら言いそびれたままに、ずるずる坂野をひきとめていたのだ。
「あたしアもう帰るよ。眠くてたまらんです」
「阿呆ぬかせ、女房の逃げたアパートへ帰っても仕様があるまい」
 銀ちゃんは自虐的な口を利いて、
「――眠けりゃ、ヒロポン打つさ」
「それもそうでやしたね。――じゃ、早速一発!」
 坂野は軒下に身を寄せると、注射のケースをポケットから取り出して、立ったまま器用にヒロポンを注射した。そして、腕を揉みながら、さア行こう、しかし、アルプはごめん謝りの介だよと、銀ちゃんの背中を抱いた。銀ちゃんは通り掛った人力車を停めた。
「飲
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