んとオトラ婆さんの隣同士のややこしい別居生活が始まって間もなく、サイパン島の悲愴なニュースが伝えられた。
「やっぱし、飛行機だ。俺は今の会社をやめる」
 と、突然照井がいいだした。そして、自分たちがニューギニアでまるで乾いた雑巾から血を絞りとるほどほしかった航空機を作りに大阪の工場へ行くんだといって、じゃ、仲間の共同生活や小隊長を見捨てて行くのかという稗田の言葉には、大晦日に帰って来ると答えたまま出掛けてしまった。
「俺、連れ戻してくるよ」
 白崎は直ぐあとを追うたが、しかしなかなか帰って来なかった。人真似の癖のある白崎は照井の真似をしてしまったのだろうか。果して女馭者の千代が「大晦日に帰って来る」という白崎のことづけをもたらして来た。すると、残った稗田は急にそわそわして来て、
「俺も工場へ行きたくなったよ。鶴さん、小隊長を頼んだよ」
 そして行ってしまった。鶴さんは小隊長と二人で暮していたが、ある日何思ったかオトラ婆さんに、
「ものは相談だが、お前もここへ来て……」
「……一緒に暮すとも」
 オトラ婆さんは隣の家を畳んでいそいそとやって来たが、鶴さんはその夜ふいと出て行ったきり戻って
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