の退職官吏の一人娘の一枝に送られて帰って来た。この町で自転車に乗れるたった一人の娘である一枝の自転車のうしろに乗って遠乗りに行っていたのだと判ると、照井は毛虫を噛んだような顔で、
「女だてらに自転車に乗るなんてけしからん。女は男の真似はよした方がいい」
「だって、今は女だって男の方のすることを……」
 と、一枝がいいかけると、照井は、
「しかし、あんたは働いてない」
「しかし、あんたは働いてない」
 白崎は例によってすぐ照井の口真似をした。
 迷子だと思った小隊長が帰って来たので三人はやれやれだったが、しかし今後もあること故と、三人がその夜相談しているところへ、「あっしを留守番にどうです?」と、はいって来たのは左隣の鶴さんという男で、聴けば鶴さんは毎度のことながら細君のオトラ婆さんと喧嘩をしてもう顔を見る気もしない、幸いここへ置いていただければというのである。鶴さんはもと料理人で東京の一流料理店で相当庖丁の冴えを見せていたのだが、高級料理店の閉鎖以来、細君のオトラ婆さんの故郷のこの町へ来て、細君は灸を据えるのを商売にしているが、鶴さんには夫婦喧嘩以外にすることはない。
 こうして、鶴さ
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