いっても窓硝子を全部とってしまったところでたいしたこともないちっぽけなものだし、それに部屋のなかを覗かれることを極度におそれている佐伯は夏でもそれをあけようとせず、ほんの気休めに二三寸あけてそこへカーテンを引いて置き、その隙間から洩れる空気を金魚のように呼吸するだけという風通しの悪さを我慢していたのだ。勿論部屋は狭かった。佐伯は四畳半あると言っていたが、私は数えてみて三畳半しかないのにびっくりした。
さすがの佐伯もそんな部屋にいてはますます病気を悪くするばかりだとチリチリ焦躁を感じていたらしかったが、ほかのアパートや部屋へ移ろうとしない。その気になれないのだ。ほんのちょっとした弾みがつかないのである。得体の知れぬ部屋の悪臭をかぎながら、つまりこれがおれの生活の異臭なんだと、しかしちょっと惹きつけられてみたり、そうかと思うと、それを毎夜なんのあてもなしにそわそわと街へ出掛けて行く口実にしていた。ひとつには彼が街をほっつき歩くのは孤独をまぎらすためである。彼のような寂しがり屋を私は見たことがない。自分が死んだという噂を聴いてもそんなに悲しまなかったのも、たとえ碌でもない噂にせよひとが自分
前へ
次へ
全18ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング