らいことになってしもたとホロホロ泣いた。あの、時代に取残された頽廃的な性格を役どころにしていた友田が、気の弱い蒼白い新劇役者とされていた友田が「よしやろう」と気がるに蘊藻浜敵前渡河の決死隊に加わって、敵弾の雨に濡れた顔もせず、悠悠とクリークの中を漕ぎ兵を渡して戦死したのかと、佐伯はせつなく、自分の懶惰《らんだ》がもはや許せぬという想いがぴしゃっと来た。ひっそりとした暮色がいつもの道に漂うていた。「つまりは友田の言った、よしやろう、これだな」呟きながら固い歩き方でその道行きかけて、しかし佐伯はふと立ち停った。そうだ、あの道[#「あの道」に傍点]をいっぺん通ってやろう、この考えがだしぬけに泛《うか》んだのだ。アパートの表を真っ直ぐに通じているかなり広い道があり、居住者が時どきその道を通って帰って来るのを佐伯は見たことがある。駅とは正反対の方角ゆえ、その道から駅へ出られるとも思えず、なぜその道を帰って来るのだろうと不審だったが、そしてまた例のものぐさで訊ねる気にもなれなかったが、もしかしたらバスか何かの停留所があってそこから町へ行けるではないかと、かねがね考えていたのである。その想像が当るか
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