してもその道を通らねばならないと思うと、業苦を背負ったように憂欝になってしまう。原っぱはいつもそこにあり、池はいつもそこにあり、径はいつも泥濘《ぬかる》み、校舎も柵も位置を動かない。道の長さが変る筈もない。その荒涼たる単調さが街へ出ようとする自分のうらぶれた気分を苛立たせ、たちまち自分は灰色になってしまうのだというのである。
 ところが夏も過ぎ秋が深くなって、金木犀の花がポツリポツリ中庭の苔の上に落ちる頃のある夕方、佐伯が町へ出ようとしてアパートの裏口に落ちていた夕刊をふと手にとって見ると、友田恭助が戦死したという記事が出ていた。佐伯はまるで棒をのみこんでしまった。この人にこそ自分の戯曲を上演して貰いたいと思っていたその友田が死んだのだ。高等学校にいた頃、脚本朗読会をやってわざわざ友田恭助を東京から呼び、佐伯は女役になってしきりにへんな声を出し、友田は特徴のある鼻声をだし、終って一緒に記念写真を写したこともある。コトコトと動いていなければ気の済まない友田は写真をうつす時もひとりでせっせと椅子運びをやっていた、それをものぐさの佐伯は感心して眺めていた。そんなことも想いだされて佐伯はああえ
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