多かった。受持ちの訓導は庄之助を呼んで注意した。が、庄之助はその訓導と喧嘩して帰った。
彼は氏神の前に誓った通り、もう仕事にも出掛けず、弟子も取らず、一日家にいて、そして寿子が学校へ出掛けた留守中は、どうすれば人一倍小柄な寿子の貧弱な体格で、元来西洋人の体格に応じた楽器であるヴァイオリンが弾きこなせるだろうか、どうすれば人一倍小さな寿子の指で弦がマスターできるだろうかと、考え込んでいた。
そして、玄関で、
「只今」
という寿子の声がきこえると、もうピアノの前に坐っていた。そのピアノは既に抵当にはいっているものだったが……。
その日の米にも困る暮しであった。庄之助の稽古は、その貧乏故に一層きびしかった。
よその子が皆遊んでいるのに、自分は何故遊べないのだろうかと、寿子は溜息つきながら、いつもヴァイオリンを肩にあてるのだった。
ある夏の夜のことであった。
何度くりかえしても、寿子は巧く弾けなかった。曲はバッハのフーガ。
「莫迦! そんなことで日本一のヴァイオリン弾きになれるか」
怒って庄之助はそういい捨てて、蚊帳の中へはいってしまった。
寿子はベソをかきながら、父のあとに
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