父の声が来た。
 寿子はわっと泣きだした。パパはやっぱり起きて聴いていたのだ。――庄之助の眼も血走っていた。そして、涙をためていた。が、寿子には、その父の顔がはっきり見えなかった。その夜の内に、眼を悪くしていたのである。やがて、寿子は眼医者へ通わねばならなかった。しかし眼医者に払う金もないような貧乏暮しだった。寿子は眼医者に通う途中、少女雑誌を持って古本屋へ立ち寄り、金に換えねばならなかった。

       四

 やがて、寿子の腕は、庄之助自身ふと嫉妬を感ずる位、上達した。
 十三で小学校を卒業して、間もなく、東京日日新聞主催の音楽コンクールが東京で行われた。
 寿子は大阪で行われた予選で第一位を占めた。庄之助は、旅費を工面すると、寿子を連れて上京した。
 コンクールの課題はコレリー作の「ラフォリア」であった。
 コンクールを受けた連中はいずれもうやうやしく審査員に頭を下げ、そして両足をそろえて、つつましく弾くのだったが、寿子はつんとぎこちない頭の下げ方をして、そしていきなり股をひらいて、大きく踏ん張ると、身体を揺り動かしながら、弾き出すのだった。何か身体ごとヴァイオリンに挑み掛っ
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