を繰りかえして弾いているうちに、さすがに寿子の眼は血走って来た。充血して痛々しいくらいである。おまけに、夜更けとともにおびただしく出て来た蚊は、寿子の腕や手や首を、容赦なく刺すのだった。
「可哀想に……」
という身を切られるような想いが、さすがにちらと庄之助の胸をかすめたが、しかし、彼は依然として、寿子を蚊帳の中へ入れようとせず、また、「出来た」とも言わなかった。
そのような庄之助の冷酷さを見ると、さすがの礼子も、寿子にふと同情の念を催すくらいであった。
「しかし、寿子も寿子だ」
と、礼子はまた思った。今夜はもうこの位で勘弁してくれと、頼めばよさそうなものだのに、頑として蚊帳の外に頑張っているその依固地さは、十や十一の少女とは思えなかった。
「親も親なら、娘も娘だ」
どちらも正気の沙汰ではないと、礼子はむしろ呆れかえった。
夏の短夜は、やがて明け初めて来た。が、寿子は依然として弾いている。蚊帳の中の庄之助は鉛のような沈黙を守っている。余りだまっているので、寿子は、父はもう眠ってしまったのかも知れぬと、思った。が、それでも弾いていると、いきなり、
「出来た!」
蚊帳の中から、
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