げんにその日も――丁度その日は生国魂《いくたま》神社の夏祭で、表通りをお渡御《わたり》が通るらしく、枕太鼓の音や獅子舞の囃子の音が聴え、他所の子は皆一張羅の晴着を着せてもらい、お渡御《わたり》を見に行ったり、お宮の境内の見世物を見に行ったり、しているのに、自分だけは外へも出られずに、(もっとも出るといっても、祭の晴着もなかったが)暑い家の中でヴァイオリンを弾かされていたのである。
そこはゴミゴミした町中で、家が建てこみ、風通しが悪かったが、ことにその部屋は西向き故、夏の真夏の西日がカンカン射し込むのだった。さすがの父親もたまりかねたのか、簾をおろし、カーテンを閉めて西日を防いだのは良かったが、序でに窓まで閉めてしまったので、部屋の中はまるで火室《ひむろ》のような暑さだった。が、父親の言うのには、
「太鼓の音が喧しゅうていかん」
窓をあけて置けば、ヴァイオリンの練習の邪魔になるというのである。
そんな父親であった。ヴァイオリンのことになると、まるで狂人のようになってしまう父親であった。だから、寿子は祭に行きたいと駄々をこねることも出来ず、毛穴という毛穴から汗を吹きだしながら、ち
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