人目を惹くだろうが、それにしては身につけているものがお粗末すぎる。パトロンは早々と部屋へ連れて上って、みすぼらしい着物を寝巻に着更えさせるだろう。彼女は化粧を直すため、鏡台の前で、ハンドバッグをあけるだろう。その中には仁丹の袋がはいっている。仁丹を口に入れて、ポリポリ噛みながら、化粧して、それから、ベッドへ行くだろう。パトロンの舌には半分融けかかった仁丹がいくつもくっつく……。しかしパトロンは気づかない。
 私は想像して、たまらなかった。半分融けかかった仁丹が、劇薬だったらと思ってみたりした。私は彼女と会うことをよそうと思った。べつに惚れているわけでも深い関係があるわけでもなかった。パトロンのある女なんか……と、軽蔑してしまえばよかったのだ。ところが、ますます会いたくなった。私は約束の時間より早い目に行き、いつも待たされる男だった。待っても来ない時があった。パトロンと会うてるのだろうか。そう思いながら、待っている間、私は煙草ばかり吸っていた。その酒場へ行っても、彼女がほかのボックスへ行っている間は、いらいらと煙草を吸っていた。夜、彼女がパトロンと一緒にいる光景がちらついて、眠れず、机の
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