。その当座、私は一日二箱のキングを吸って、ゲエゲエと吐気がした。私は煙草をよそうと思った。新しい女が私の前に現われたのだ。
 彼女はいつも仁丹を口にしていた。一日三円ぐらい仁丹をたべると言っていた。仁丹という看板を見たり、仁丹という言葉をきいたり、広告を見たり、箱を見たりすると、もう口にしないではおられぬらしい。一度に百粒も口に入れた。私はその女のそんなマニヤを哀れんだ。一日に二円も収入のない安酒場の女だった。器量はよかったが、衣裳がないので、そんな所で働いているのだった。銭湯代がないから、五十銭貸してくれと、私に無心したことがある。貸してやると、その金で仁丹の五十銭袋を買うたらしい。一日二円たらずの収入で、毎日三円の仁丹では、暮らして行けぬのか、到頭パトロンを作った。ある日、私に葉巻をくれた。そのパトロンに貰ったのだろう。ロンドという一本十銭の葉巻だった。吸ってみると、白粉の匂いがした。化粧品と一緒にハンドバッグに入っていたためだろう。
 私は彼女のパトロンは葉巻を吸うような男だから、恐らく彼女をホテルへ連れて行くだろうと思った。彼女は化粧栄えのする顔立ちで、ホテルの食堂へはいっても
前へ 次へ
全21ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング